蛞蝓(なめくじ)様とアジサイ様

私の主人は屋敷の廊下にある柱の影から人間の男を眺めていました。ねっとりとからみつくような、嫌な空気が村を包み込んでいると言うのに、私の主人は大蛞蝓(おおなめくじ)様の言いつけを破って屋敷の中に入ろうとしないのです。長い髪を一つに結んだこの男は屋敷で一番大きな木に背を預け、じっと空を眺めているようでした。袖から金色の装飾が施された笛を取り出すと、それを咥えて白蛇のような白い煙を吐き出しました。煙は木を包み込み、私の主人を包み込み、やがて村全体を包み込み込むと、まるで雪が溶けていくように、あの嫌な空気は消えていきました。 「あおつゆさま。またおおなめくじさまに、しかられてしまいますよ。」 私は主人の顔を見上げて言いました。透き通るような白い肌に長いまつ毛。青露様は私を見つめて、その桃色の口を開きます。 「そうですね。しかし、私はあの男の事が気になって仕方ないのです。」 再びその顔があの男に向けられると、私はとある結論に思い至ったのでした。 「･･･恋ですか？」 「違います！」 違ったようでした。青露様はそのまま言葉を紡ぎます。 「私たち蛞蝓(なめくじ)は、あの特別な笛を持った“アジサイ”と呼ばれる人間達により、他の人間達の手から数千年間守られてきました。しかし、私たちが作り出す不死の薬を手に入れようとアジサイ達が反乱を起こしたために、大蛞蝓様によってこの村から追放されたのだと、兄様がおっしゃっていたのです。ところが、目の前にいるあの男は自らをアジサイと名乗り、昔のように私たち蛞蝓を他の人間達の手から守っているのです。しかも、五百年もの間眠り続け、ついこの間目覚めたばかりだと言うではありませんか。彼は本当に人間なのでしょうか。なぜ追放されたアジサイが再びこの村にいるのでしょうか。あの男以外にもアジサイはいるのでしょうか。そして昔のアジサイのように、不死の薬を狙っているのでしょうか･･･知りたいのです。私は蛞蝓達の中で一番幼く、皆が知っていることを私は何一つ知らないのですから。」 アジサイの特徴である尖った耳に、体中に彫られた紫陽花の模様。私が生まれた時にはすでに、書物の中でしか語られなかった存在が目の前にいるというのは何とも不思議なことです。青露様はあの男に興味があるようで、じっと見つめていました。軟体動物の蛞蝓と同じ姿をした私と違い、人間と同じ姿をしている青露様は男のことがよく見えるようで、彼の挙動を詳しく教えてくれたのでした。 ーーー こちらは2作で構成される「蛞蝓(なめくじ)様とアジサイ様」の物語の1作目です！ 続きは限定袋とじメッセージで読むことができます！