彼女から見た笑顔花びら

砂塵に吹かれる荒野の中で野営を始めた仲間から離れ、申し訳程度に顔を出している草の上に座り込んだ。しばらくぼんやりしてから不意に首を巡らせる。視界に何か光るものが横切ったような気がした。 「ニーヴ」 見事に死角から伸ばされた手と声に、青い瞳を思わず見開く。腕にしがみついてきた細い感触を見下ろすと、銀糸の髪の合間から明るい浅黄色の瞳が微笑んだ。世界が夕暮れの朱に染まっていく中でそこだけは雪原の照り返しのような、清い光を纏った少女。 彼女―――フィリアは昔、天使だった。 風に煽られてふわふわした髪が舞い上がり細い肩が露わになる。かつて翼が生えていたそこには華奢な肩胛骨が覗くのみ。神話の中でしか存在しないはずの天使が目の前に居ることを知っているものは仲間の内でもごく僅かだ。 「フィル、またそんな薄着で…」 軽くぼやきながら纏っている長布の端を持ち上げて少女の体を刳るんでやった。気温はともかく、砂塵に肌を晒したままにしていると傷んでしまう。軽く引きよせると羽根のような軽さで傍らに寄り添ってきた。 フィリアの背に翼はないけれど、光が満ち満ちる朝焼けの中でうっすらとその影を見ることが出来る。天使が持っている翼は鳥のように飛翔のために使う物ではなく、内にある力が目に見える形で具現化した物なんだそうだ。だから力の源である光に満たされれば、天使の力をほとんど失ったフィリアでもその背に翼を持つことが出来る。 「…いつか翼は戻るのかな」 「この地上が再び『楽園』に戻る時が来たなら、きっと」 そんな時が本当に来るのか、彼女がそれを心から願っているのかどうか解らないけれど、何となく心が沈んでいって視線が下がる。翼を取り戻したなら、フィリアはここから飛び立たなくてはいけないだろう。幼かったあの時と同じように。 「あ、でもニーヴ、もしももう一度飛べる時が来たならね」 ふわりと髪が揺れてフィリアが真っ直ぐに向き直る。にっこりと笑って光を散らして、無邪気な性質そのままに言葉が空に放り出された。 「今度はニーヴも一緒に行こう」