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「この世ゆき、出発しまーす!」
ガイドの元気な声があたりに響く。
ここはあの世のステーション。
お盆に子孫のもとへ帰るご先祖様たちが集まる場所。
行きは速度を重視するため、キュウリの急行便、その名も「キュウリエクスプレス」が用意されている。
私は目の前の今まさに出発しようとしているキュウリに乗るべく全力で飛んでいた。
しかし、魂だけの状態にになってから、日が浅く、なかなか早く飛ぶことができない。
「ガイドさん、遅れとるやつがおるけぇ、もうちょっと待ってくれんかのう」
私のご先祖様が、ガイドにそう伝えてくれた。
私は生前の記憶がまだ少し残っているのだが、時間が経つにつれて、個は消え去り、先祖という概念だけになるそうだ。
自分以外のご先祖様は、もう長いことあの世にいるらしく、全員、自分が誰だったかは覚えていないようだ。
だけど。
ガイドさんに伝えてくれたあの声色。
あれは間違いなく父だ。
私の父は漁師で、海で亡くなってしまった。
いくらさがしても死体も見つからなかった。
墓はあるけど、空っぽのまま。
仕方がないこととはいえ、そのことに、ずっと負い目を感じていた。
見つけてもらえない魂が、ずっと海で彷徨っているのではないかと。
だけど、それは全くの杞憂だった。
こうしてちゃんと成仏して、お盆には生前の私の元にも帰ってきてくれていたのだ。
「おぉ。きたか。俺の前に乗りぃ。」
そう言って、私を自分の前に座らせてくれた。
「キュウリのやつは思ったより早いけんの。しっかりつかまっとくんやで。」
なんだか子供時代に戻ったようでくすぐったい気持ちになる。
「うん。ありがとう。」
父さん。と言いかけようとしたところで、ガイドが
「皆さんお揃いになられましたね〜。では出発しますよ〜!」
と元気な声で告げた。
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