ある日、少年は亡くなった祖父の形見分けで一段と美しいそろばんを貰うこととなった。遺言書にも、一番可愛がっていた少年にそのそろばんを……と書かれていたし、その他の家族はそろばんについて魅力を感じる者はいなかったため、少年はそろばんを手にすることとなったのだ。

　そろばんの色は通常、木の茶色というものが多いのだが、そのそろばんは何故か珠が白かった。少年は特に深く考えてはいなかったが、なんとなく、他のそろばんとは違うものを手にしたのだと思うと高揚感があった。

――自分は他の人が持っているそろばんとは違う、こんなにも綺麗なそろばんを持っている。

　少年はそろばんを大事に扱い、そろばんを使いたいがために、小学校で習ったそろばんの使い方を思い出して、簡単な買い物の計算くらいはするようになった。

　しかし、そろばんを使い始めてから、少しばかり、奇妙なことが起きるようになった。

　誰もいないのに、リビングのドアに影があって、誰だろうと思って瞬きをしてよく見ようとするとその影は消える。

　寝てる時にドスンと何かが落ちるような音がして目を覚ますが、部屋には何も落ちていない。

　少し不気味に思いながらも、少年は日々、成長していく。

　だが、そうして毎日過ごしていたのだが、奇妙な体験は日々増えていく……。

　夢の中でも、知らない人達に囲まれている夢を見たり、内容自体は覚えていなくとも、起きた時に疲労感があっていい夢を見ていないということがわかったりと、少年は悩みながらもそれを誰に相談することもなく、日々を過ごしてきた。

　やがて少年は小学生から中学生へと進学し、祖父から貰ったそろばんの存在を忘れていた。そろばんではなく、他の勉学が忙しいということもあったし、新しい友人達と遊ぶことの方が重要だったからだ。

　夢も、最近では見なくなってきた。

　すっかり少年の頭から、そろばんのことも、悪夢のことも、妙な気配のことも消えてなくなっていた。

　しかし十五歳の誕生日を迎えると、その夜に再び奇妙な夢を見た。

　大人達に囲まれ、手足を押さえつけられる夢だ。

　そしてその大人達は口々に「どの部分にしようか」と言っているのだ。

　何を言っているのか、意味が理解出来ない。少年はその大人達の話していることがよくわからず、ただただ薄気味悪い、気持ち悪いと感じたのだった。

　朝になり、夢から覚めると「悪夢を見た気がする」と、それだけは覚えていた。

　詳しい内容は、もやがかかったみたいになっていて思い出せない。

　だが、毎朝起きるたびに、疲労感は蓄積されてついには夜に寝るのが嫌になって限界まで

毎日起きているようになった。

　当然、目の下に隈が出来るし、授業中に寝てしまうことも増え、教師も、家族も、友人も皆心配していた。

　そんなある日のこと、部屋を片付けていたら祖父から貰ったそろばんが出てきた。

　白かったはずの珠が、少しばかり赤茶色になっているような気がした。

　何度かそろばんをがしゃがしゃと振ったりして、珠を何度か見たが、やはり色が変わっているようだ。

　日光に晒されていたわけではない。じゃあ、何が原因だろう。

　そう考えても、何も思い浮かばなかった。

　少年はとりあえず、今持っているアルコールスプレーとティッシュでそろばんを綺麗に拭いた。

　するとティッシュが赤黒く変色し、余程汚れていたのだろうと思っていたが、それがさらに気味の悪いことになっていく。

　拭いても拭いても、珠は綺麗な白には戻らない。それどころかもっとどす黒くなっていく。

　それに、ティッシュが赤黒く、まるで血を拭いたかのように汚れているのだ。

　気味が悪くなった少年はそろばんをビニール袋の中に入れて、ゴミ箱の横に置いておいた。

　さすがに形見を捨てるのは……と思ったのと、呪われでもしたら大変だと思ったのだ。

　しばらくしたら、寺にでも持って行こう。そう思って、少年はその日眠りに就いた。

　大人達に囲まれて、取り押さえられ、刃物を思い切り振り下ろされる。

　少年の、その体を目掛けて。

　少年は目を覚ますと、自身の体が汗でべたついていることに気づく。

　そして、あの夢は一体何だったのだろうと、胸にある嫌な気持ちをどうにかしたいと思って自室から出てキッチンにある冷蔵庫の中から麦茶を出して飲んだ。

　一息ついた少年は、ふとテーブルを見ると、そこには寺に持って行こうと思ってビニール袋に入れておいたはずのそろばんが置かれていた。

　嫌な汗がたらりと頬を滑り落ちる。

　どうしてこれがここに。確かにビニール袋に入れて、ゴミ箱の横に置いておいたはずなのに。

　少年は恐る恐るそろばんに手を伸ばす。

　そろばんの白かった珠が寝る前に見た時よりも赤黒くなっている……。

　その声で、一番キッチンに近い部屋で寝ている祖母が起き、少年にどうしたのかと尋ねた

ある日、少年は亡くなった祖父の形見分けで一段と美しいそろばんを貰うこととなった。遺言書にも、一番可愛がっていた少年にそのそろばんを……と書かれていたし、その他の家族はそろばんについて魅力を感じる者はいなかったため、少年はそろばんを手にすることとなったのだ。　そろばんの色は通常、木の茶色というものが多いのだが、そのそろばんは何故か珠が白かった。少年は特に深く考えてはいなかったが、なんとなく、他のそろばんとは違うものを手にしたのだと思うと高揚感があった。――自分は他の人が持っているそろばんとは違う、こんなにも綺麗なそろばんを持っている。　少年はそろばんを大事に扱い、そろばんを使いたいがために、小学校で習ったそろばんの使い方を思い出して、簡単な買い物の計算くらいはするようになった。　しかし、そろばんを使い始めてから、少しばかり、奇妙なことが起きるようになった。　誰もいないのに、リビングのドアに影があって、誰だろうと思って瞬きをしてよく見ようとするとその影は消える。　寝てる時にドスンと何かが落ちるような音がして目を覚ますが、部屋には何も落ちていない。　何だろう。家鳴りかな。　少し不気味に思いながらも、少年は日々、成長していく。　だが、そうして毎日過ごしていたのだが、奇妙な体験は日々増えていく……。　夢の中でも、知らない人達に囲まれている夢を見たり、内容自体は覚えていなくとも、起きた時に疲労感があっていい夢を見ていないということがわかったりと、少年は悩みながらもそれを誰に相談することもなく、日々を過ごしてきた。　やがて少年は小学生から中学生へと進学し、祖父から貰ったそろばんの存在を忘れていた。そろばんではなく、他の勉学が忙しいということもあったし、新しい友人達と遊ぶことの方が重要だったからだ。　夢も、最近では見なくなってきた。　すっかり少年の頭から、そろばんのことも、悪夢のことも、妙な気配のことも消えてなくなっていた。　しかし十五歳の誕生日を迎えると、その夜に再び奇妙な夢を見た。　大人達に囲まれ、手足を押さえつけられる夢だ。　そしてその大人達は口々に「どの部分にしようか」と言っているのだ。　何を言っているのか、意味が理解出来ない。少年はその大人達の話していることがよくわからず、ただただ薄気味悪い、気持ち悪いと感じたのだった。　朝になり、夢から覚めると「悪夢を見た気がする」と、それだけは覚えていた。　詳しい内容は、もやがかかったみたいになっていて思い出せない。　だが、毎朝起きるたびに、疲労感は蓄積されてついには夜に寝るのが嫌になって限界まで毎日起きているようになった。　当然、目の下に隈が出来るし、授業中に寝てしまうことも増え、教師も、家族も、友人も皆心配していた。　そんなある日のこと、部屋を片付けていたら祖父から貰ったそろばんが出てきた。　しかし妙なのだ。　白かったはずの珠が、少しばかり赤茶色になっているような気がした。　何度かそろばんをがしゃがしゃと振ったりして、珠を何度か見たが、やはり色が変わっているようだ。　日光に晒されていたわけではない。じゃあ、何が原因だろう。　そう考えても、何も思い浮かばなかった。　少年はとりあえず、今持っているアルコールスプレーとティッシュでそろばんを綺麗に拭いた。　するとティッシュが赤黒く変色し、余程汚れていたのだろうと思っていたが、それがさらに気味の悪いことになっていく。　拭いても拭いても、珠は綺麗な白には戻らない。それどころかもっとどす黒くなっていく。　それに、ティッシュが赤黒く、まるで血を拭いたかのように汚れているのだ。　気味が悪くなった少年はそろばんをビニール袋の中に入れて、ゴミ箱の横に置いておいた。　さすがに形見を捨てるのは……と思ったのと、呪われでもしたら大変だと思ったのだ。　しばらくしたら、寺にでも持って行こう。そう思って、少年はその日眠りに就いた。　少年はその日、夢を見た。　大人達に囲まれて、取り押さえられ、刃物を思い切り振り下ろされる。　少年の、その体を目掛けて。「……！」　少年は目を覚ますと、自身の体が汗でべたついていることに気づく。　そして、あの夢は一体何だったのだろうと、胸にある嫌な気持ちをどうにかしたいと思って自室から出てキッチンにある冷蔵庫の中から麦茶を出して飲んだ。　一息ついた少年は、ふとテーブルを見ると、そこには寺に持って行こうと思ってビニール袋に入れておいたはずのそろばんが置かれていた。　嫌な汗がたらりと頬を滑り落ちる。　どうしてこれがここに。確かにビニール袋に入れて、ゴミ箱の横に置いておいたはずなのに。　少年は恐る恐るそろばんに手を伸ばす。　そろばんの白かった珠が寝る前に見た時よりも赤黒くなっている……。　少年は堪らず声を上げた。　その声で、一番キッチンに近い部屋で寝ている祖母が起き、少年にどうしたのかと尋ねた

怪談会そろばん百物語【形見分け】物語三

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